銀ブラのランドマーク「モザイク銀座阪急」の思い出

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銀ブラのランドマーク「モザイク銀座阪急」の思い出

モザイク銀座阪急とは。

東京都中央区にかつて存在したショッピングセンター「モザイク銀座阪急」は、1956年に「数寄屋橋阪急」として開業し、2004年に現在の店名に変更されました。しかし、2012年に惜しまれつつ閉店しました。

数寄屋橋阪急からモザイク銀座阪急へ

数寄屋橋阪急からモザイク銀座阪急へ

数寄屋橋阪急からモザイク銀座阪急へ

モザイク銀座阪急の前身である数寄屋橋阪急は、1932年に現在の銀座4丁目に開店しました。当時の銀座は、日本有数のおしゃれな街として知られており、数寄屋橋阪急もまた、その景観を象徴するような建物として親しまれていました。

しかし、1964年に起きた銀座大火によって数寄屋橋阪急は全焼してしまいます。その後、1967年に銀座4丁目に再建されましたが、1985年にはその建物の老朽化に伴い、現在のモザイク銀座阪急が建てられました。

モザイク銀座阪急は、数寄屋橋阪急の伝統を受け継ぎながらも、より近代的なデザインを取り入れた建物として注目を集めました。また、銀座のランドマークとして、数多くの映画やドラマのロケ地としても使用されました。

しかし、時代とともに銀座の街並みも変化し、モザイク銀座阪急もその姿を消すことになりました。2008年に閉店となり、現在は「銀座プレイス」という商業施設に生まれ変わっています。

数寄屋橋阪急からモザイク銀座阪急へと受け継がれた、銀座の街の記憶。それは、多くの人々の心に今も残っています。

閉店後の跡地は?

閉店後の跡地は?

閉店後の跡地は、現在「銀座の街並み」という商業施設になっています。2018年4月にオープンし、地下2階から地上12階で構成されています。地下2階は食料品売り場、地上1階と2階はファッション売り場、3階から12階はオフィスとなっています。食料品売り場には、スーパーマーケット、惣菜店、菓子店などが入居しています。ファッション売り場には、アパレルショップ、靴店、アクセサリーショップなどが入居しています。オフィスには、IT企業、金融機関、コンサルティング会社などが入居しています。銀座の街並みは、銀座の新しいランドマークとして親しまれています。

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