小橋建太の代名詞「バーニングハンマー」を解説!

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小橋建太の代名詞「バーニングハンマー」を解説!

バーニングハンマーとは。

バーニングハンマーは、プロレスの技のひとつです。これは、日本人レスラーの小橋建太特有の投げ落とし技です。

小橋建太とは?

小橋建太とは?

小橋建太とは、日本出身の元プロレスラーです。1966年5月1日生まれ、身長180センチ、体重100キロ。血液型はAB型。

1988年に全日本プロレスでデビューし、1990年に世界ジュニアヘビー級王座を初獲得。その後、三冠ヘビー級王座、世界タッグ王座など数々のタイトルを獲得しました。2000年から2006年までは新日本プロレスで活躍し、IWGPヘビー級王座、IWGPタッグ王座などこちらも数々のタイトルを獲得しました。

2007年に全日本プロレスに復帰し、2008年に三冠ヘビー級王座を再び獲得。2013年に引退するまで、全日本プロレスのトップレスラーとして活躍しました。

小橋建太は、その鍛え上げられた肉体と、激しいファイトスタイルで「バーニングハンマー」の異名をとりました。バーニングハンマーとは、相手の頭部をハンマーのように振り下ろす技で、小橋建太の代名詞とも言える技です。

小橋建太は、プロレス界屈指の実力者として、多くのファンから愛されました。引退後は、プロレス解説者やタレントとして活躍しています。

バーニングハンマーの誕生秘話

バーニングハンマーの誕生秘話

バーニングハンマーの誕生秘話

小橋建太の代名詞ともいえる必殺技「バーニングハンマー」は、1993年に獣神サンダー・ライガーとのシングルマッチで初披露されました。

ライガーとの試合中、小橋はライガーのフライングニールをかわして場外に転落。リングに上がろうとしたところをライガーに場外からのトペ・スイシーダを食らってしまい、そのままリングに放り込まれる形になりました。

ここで小橋は、ライガーをコーナーに押し込んでコーナー最上段からダイビングセントーンを狙いますが、ライガーが回避。しかし、小橋は着地した際にライガーの足を掴み、そのままパワーボムの体勢に。そして、ライガーを頭からマットに叩きつけるように放ったのが、バーニングハンマーの誕生秘話です。

その後、小橋はバーニングハンマーを次々と繰り出し、ライガーから勝利を収めました。この試合をきっかけに、バーニングハンマーは小橋の代名詞となり、多くのレスラーをマットに沈めていきました。

バーニングハンマーは、小橋の力強さと技のキレが融合した、まさに彼の代名詞にふさわしい必殺技です。

バーニングハンマーで記憶に残る名勝負

バーニングハンマーで記憶に残る名勝負

バーニングハンマーで記憶に残る名勝負

小橋建太の代名詞であるバーニングハンマーは、多くの名勝負を生み出してきた。その中でも特に記憶に残るものをいくつか紹介しよう。

1995年11月4日、東京ドームで行われた三沢光晴との一騎打ち。この試合は、三沢の必殺技であるエメラルドフロウジョンと、小橋のバーニングハンマーが激突する、まさにドリームマッチであった。試合は一進一退の攻防が続き、最後は小橋がバーニングハンマーで勝利を収めた。この試合は、プロレス史に残る名勝負として語り継がれている。

1997年10月12日、横浜アリーナで行われた武藤敬司とのIWGPヘビー級選手権試合。この試合も、武藤の必殺技であるムーンサルトプレスと、小橋のバーニングハンマーが激突する、まさにドリームマッチであった。試合は武藤が優勢に進め、最後はムーンサルトプレスで勝利を収めた。しかし、この試合は小橋のバーニングハンマーが武藤の脳天を直撃し、武藤が長期欠場を余儀なくされる事態となった。

2000年1月4日、東京ドームで行われた蝶野正洋とのIWGPヘビー級選手権試合。この試合は、蝶野の必殺技であるSTFと、小橋のバーニングハンマーが激突する、まさにドリームマッチであった。試合は蝶野が優勢に進め、最後はSTFで勝利を収めた。しかし、この試合も小橋のバーニングハンマーが蝶野の脳天を直撃し、蝶野が長期欠場を余儀なくされる事態となった。

これらの試合は、いずれも小橋のバーニングハンマーが記憶に残る名勝負となっている。小橋のバーニングハンマーは、まさにプロレス史に残る必殺技である。

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