「線路工手の唄が聞えた」
明治時代から戦前までの鉄道建設と保守の歴史は、日本の近代化と発展に大きな役割を果たしました。1872年(明治5年)に新橋(現・汐留)~横浜間に鉄道が開業して以来、鉄道網は急速に整備され、1906年(明治39年)には総延長10,000キロメートルを突破しました。この間、鉄道建設に携わった人々の苦労は計り知れません。
特に、明治時代の鉄道建設は、険しい山や谷を縫う難工事の連続でした。線路を敷設するために、トンネルを掘ったり、橋を架けたり、崖を削ったりするなど、苛酷な労働を強いられました。また、資材の運搬も十分に行き届かず、人力で資材を運ぶことも少なくありませんでした。
こうした厳しい条件下で、鉄道建設に携わった人々は、文字通り命懸けで作業を続けました。その結果、日本の鉄道網は着実に整備され、産業の発展や国民の生活に大きな貢献を果たしました。
戦前になると、鉄道網の整備はさらに進展し、1937年(昭和12年)には総延長20,000キロメートルを超えました。また、この頃には、鉄道の電化も進み、鉄道輸送の効率化が図られました。しかし、太平洋戦争の開戦により、鉄道建設は中断され、多くの鉄道員が戦場に駆り出されました。
戦後の復興期になると、鉄道網の復旧が進められ、1950年(昭和25年)には総延長23,000キロメートルを回復しました。その後も、鉄道網の整備は続き、1964年(昭和39年)には、東海道新幹線が開業し、日本の鉄道技術は世界トップレベルにまで発展しました。
明治時代から戦前までの鉄道建設と保守の歴史は、日本の近代化と発展に大きな役割を果たしました。鉄道建設に携わった人々の苦労と努力は、決して忘れてはなりません。